毎日人柱

雑多な内容を適当に書き連ねるブログ

楽天優勝おめでとう!球団創設から9年だって。バファローズとブルーウェーブが合併したのがつい最近だったような気がするけど・・・時の流れは速いですね。ともかくおめでとう!

さあ優勝と言えば優勝セールですね。ちなみに巨人優勝の経済効果は4〜600億円らしいですよ。ホントかよ?
もちろん楽天でも優勝セールやってますよ!「ポイント最大77倍!最大77%オフ!」らしいですよ!みんなも急ぐんだ!

・・・というわけでチョロっと見てきたんですけどね。

『ポイント最大77倍』
→楽天で買い物すると+9倍、wifi契約で+9倍、結婚式申し込んで+9倍、kobo買うと+4倍・・・っていう仕組みで、楽天が運営してる(ほぼ)全サービスを使うと最大77倍らしい。アホか!詐欺じゃん!

『77%オフ』
→「通常価格」をつり上げて77%オフに見せかけてる。or「インターネット回線を契約すると77%オフ」or 販売台数が限定1台とかで、一瞬で売り切れ。

・・・ああ、俺がこの会社を嫌いだった理由を思い出しましたよ。最近楽天使ってないからすっかり忘れてた。
相変わらずのクソ見にくいレイアウト。チープな煽り文句。クソな検索システム。・・・ああ、ミッキーなんてのもいましたね。

時間をかけてこんな詐欺サイトをめぐるよりも、多少高くてもスパッと買い物が出来るような人間になりたいものです。

ていうかこんな醜いサイトを何時間も、少しでも安い商品を探して廻るなんて、心が貧しくなりそう・・・

お漬け物

コメントなし

近所の商店街に漬物屋が出来ました。自分が子供の頃には、お婆ちゃんがひっそりやってる漬物屋があったのですが、いつの間にか無くなってました。
「漬け物と言えばやっぱタクアンだよね!浅漬けもいいよな〜、柴漬けはちょっと苦手かな〜」なんて思いながらちょろっと寄ってみたのですが・・・

そこに並ぶはキムチ!キムチ!!キムチ!!!どんだけキムチやねん!とキムチがゲシュタルト崩壊してきそうな勢いで陳列されておりました。あれ、ここお漬け物屋さんですよね・・・?

どうやらキムチ専門店らしい。だったら最初からそう書けばいいのにね。ちなみに商店街のホームページ見たら「業種:キムチ」って書いてありました。いやはや、ストレートっすね。

いつ通ってもお客が入ってるところを見ないので、多分長くは続かないんだろうな。
キムチはノンセンキューとは言え、商店街が年寄り向けの整骨院・歯医者・マッサージばっかりになっていくのもちょっと寂しいもんです。

ずいぶん間が開いてしまいましたが前回の続きを。

 

紆余曲折ありましたがなんとか退職することが出来た私。

会社を辞めた日の帰り道、すべての景色が美しく綺麗に見えたのを覚えています。今までグレーだった世界に色がついたような・・・そんな感じでした。

 

会社を辞めてから、とりあえず1ヶ月間は何も考えずにゆっくりすることにしました。

いやー、その1ヶ月間はとにかく楽しかったですねw

今までとにかく忙しかったのの反動で、最初は時間の使い方がよくわからなかったですが。とにかくお金を使いまくった気がします。週に3回くらいAmazonから荷物が届く感じでしたねー。

 

ちょっと精神が病み気味だったところを、1ヶ月のんびりすることで何とか元に戻すことが出来ました。

さて・・・いつまでも遊んでいるわけにもいきません。次の進路を決めなければ。

 

が、はっきり言ってそのまま転職するという考えはあまりありませんでした。地震後の混乱や不況の影響もあり、中途採用自体も少なかったですが、何より技術系の中途採用の特殊性がありました。

次の職種も技術系と決めていたのですが、技術系の中途採用というのは数が少ない上に、募集条件がすごく限定的なんですね。

たとえば「光学装置の製造現場で5年以上の実務経験のある方」とか「液体充填を含む製造ラインの立ち上げを主導できる方」みたいな。

ハッキリ言って技術屋で3年の実務経験なんてひよっこ同然なのです。IT系なんかだと3年の実務経験というと結構立派な経歴だったりするんですがね・・・

まして日本は新卒至上主義なので、中途採用の門戸は狭いのです。一般に転職というと、今まで居た会社より規模や待遇などがランクダウンしがちです。

転職した人の6割が給料が下がったという統計もあるみたいです。

http://next.rikunabi.com/tech/docs/ct_s03600.jsp?p=001347

 

・・・と、いうわけで私は裏技を使うことにしました。そう、学校に行き直すのです。『学校に行き直すことによって、もう一度新卒の資格を手に入れよう!』という狙いです。

私の最終学歴は高専です。とすると編入資格があるのは大学・・・なのですが、今更大学に行っても・・・という気持ちがありました。

出来れば大学院・・・それも研究者ではなく実務者を育てるような学校は無いか?と探していたところ・・・

 

ありました!世の中には「専門職大学院」という素敵な制度があったのです!

 

専門職大学院とは、一般に学問を究め研究者を輩出する普通の大学院と異なり、実務者を輩出することを目的にしています。

そのため教師陣も実務畑の人間が多く、学生も社会人の方が多いのが特徴です。

そして運良く、近くにものづくりを専攻にする専門職大学院があったのです。

 

「けど最終学歴が高専卒(短大卒と同等)なのに大学院に入れるのか?」という不安があったのですが、受験資格には「社会人経験を大学修了相当と認めることができる」とありました。ラッキー!これで応募できる!

 

受験は面接と小論文のみでした。基礎学力に不安がある私にはこれもラッキーでした。

 

と、いうわけで何とか合格できた私。合格は8月で、入学は翌4月だったので半年間自由に遊ぶ大義名分を得たのです!

いやー楽しかったですね。週に4回くらいAmazonから荷物が届く感じでしたねーw

 

でもまぁお金は当然減っていくわけで・・・短期のバイトなんかをしながら入学まで食いつなぐことになりましたが・・・それはまた別のお話ということで。

3年ちょっと勤めた会社を退職する決意をした私。しかし退職するまでも色々と面倒なことがありました。

 

まずは退職の話を切り出さなければなりません。

直属の上司に切り出すのが筋なのでしょうが、社内の体制が歪なので直属の上司が誰かが分からないのです。

とりあえず退職届の例文をネットで探して作成。直属の上司(と思われる人)に渡す。

・・・が、数日待っても退職届が受領された気配がない。だもんで退職届を手渡した上司に確認すると「役員の確認が取れない」とのこと。

 

いやちょっと意味がわからないんですけど・・・

 

とりあえず法律では、退職届を提出してから最低2週間あれば退職出来ると言うことなので、仕事なんかろくに手がつかない中で待ちました。

すると私を気に掛けてくれていた役員の1人から飲みに行こうとのお誘いが。

結局飲みに行ったものの、退職の話はまともに出ませんでした。おそらく「退職は本気で考えてるわけではなくて、ガス抜きをしてやれば気が済むだろう」くらいの認識だったのかもしれません。

この時点で、部下を気に掛けるといった意識が全く無いと言うことがよくわかりますね・・・ 

 

埒があかなかったので、社員を管理する総務の人に直接相談し、退職の手続きを進めることにしました。

・・・が、ここでも「会社の指示がないと進められない」との回答が。この会社どうにかしてくれよ!!と内心毒づく私。

その後本格的に色々な方から慰留されましたが、もう気持ちは固まっていたので押し通しました。

 

退職する日はもう決めていたので(締め日の関係で)、その日に合わせてまともに消化できなかった有休を使う予定だったのですが、退職が受理されるまでに時間がかかったので、結局使い切ることは出来ませんでした。

ちなみに有休を申請するのにも一悶着ありましたが、どうせ辞めるんだしということで押し切って使いました。

 

退職することが社内に公表されてから、退職するまでは本当に針のむしろ状態でした。

『会社辞めたって行くところないよ?』とか『根性がないね』とか『もっと頑張ればいいのに』とか、そんな感じの言葉を投げかけられました。

一部の理解ある方からは『こんなところ辞めて正解、この会社でうまくいかなかったからって、自信を無くさないで』との優しい言葉を掛けてくださいましたが。

 

でもね、退職する社員を素直に送り出せない会社って、ダメな会社だと思うんです。

だって本当に良い会社だったら社員の確保には困らないわけで、辞める社員がいたら『もったいなぁ』『なんで辞めるの?』という言葉をかけるのではないでしょうか?

退職する社員を悪く言うというのは『俺らはこんなに頑張ってるのに、逃げやがって』という、辞めていく社員を「ズルい」と思う気持ちが少なからずあるのではないでしょうか。

そしてそんな状況を放置する会社は、ロクなものではないはずです。

 

私は次の進路を決める前に、退職を決意しました。一般的に転職というのは、次の会社を決めてから今の会社を辞めるべきと言われています。しかし、転職を考える状況というのは、既にまともな判断力を失いかけている状況ということも、ままあるのではないでしょうか?(特にいわゆるブラック企業というヤツですね)

そんなまともでない状態で、次の人生を決めるというのも、結構危険なことですよね。

十分な蓄えがあるとか、実家に頼ることが出来る状況であれば、一度退職して、まともな判断力を取り戻してから、進路を考えるのも私はアリではないかと思います。

そろそろ書いてもいいかな。

実は私、就職活動をしておりました。

学校を卒業後に3年勤めた職場を退職し、大学院に入学。そしてこの度、新卒採用枠で何とか内々定をいただくことが出来ました。

かなり長文ですが、今会社を辞めようと考えている人、悩んでる人の参考になればと思い、自分の中でも一区切りをつけるために文章にしておきます。

 

経歴を簡単に。

20歳で高専を卒業した私は、零細の装置メーカーに入社。しかしそれが苦難の始まりでした。

ワンマン企業で方針がコロコロ変わり、技術的な強みが無い会社でした。長時間のサービス残業・休日出勤が常態化しており、プロセスよりも精神論を重んじる会社でした。

それでも私が入社した年までは、長年のコネで培った大手企業からの受注で、結構な稼ぎを出していました。といっても設備投資や社員の待遇などは抑制されていたので、主に儲けていたのは会社(オーナー一族)でしたが。

しかし私が入社した年、リーマンショックによって日本のものづくりはどん底にまで低迷。私が勤めていた会社も例外ではなく、受注は激減しました。

今までコネや惰性で仕事を貰っていた大手企業も余裕が無くなったので、設備投資を絞ったり、発注先をもっと優秀で安い会社に変えるようになりました。

そこで焦った会社は、新規の顧客の開拓に乗り出したのですが・・・

技術的に大した強みも無く、今までコネで仕事を取っていたので営業力も無い会社に仕事を任せる会社は多くはありませんでした。仕事を任せてくれた会社もありましたが、あまりに酷い有様に1度きりというのがほとんど。

そんなわけで業績は真っ逆さま。ボーナスなんて当然出ません。

社内がピリピリしているので、暴言やパワハラは当たり前。現場の方に殴られたこともありましたっけ。優秀で見識の広い人ほど、見切りをつけてさっさと辞めていきました。

 

このままでは会社が危うい、なんとかしなければと思った私は、業務改善に乗り出しました。

折しもその時、営業力強化ということで外部から招かれた方がいました。その方は私と同じ高専の出身で、大手企業の社員を経て、中小企業の役員などを歴任し、会社に来た方でした。

その方も同じく危機感を持っており、一緒になって様々な改善の提案を行いました。

 

・・・が、その大半は見事に却下。

提案書の内容を吟味した上で、合理的な理由で却下されるならまだ納得出来たでしょう。しかし、あの会社にはそもそも「提案書(文書)を吟味して理解し、コスト対効果を検討する」だけの人間がいませんでした。いや、理解しようとする人間がいなかったのかもしれません。

(「不況でお金が無い」の一辺倒でした。しかし私は後に聞かされたのです。実は社内には、年商の3年分ほどに匹敵する社内留保金があったことを。)

 

これは私にとって衝撃的でした。「人間、きちんと話をすれば分かってくれる」「長年仕事をしてきた社会人なら、それくらいの見識は持っているはず」という私の考えは、見事に裏切られました。

人間というものは、長年狭いビルの一室に閉じこもって仕事をしていると、どんどん視野が狭くなり、感性も鈍くなってしまうのですね。

我々の提案に対して向けるあの「興味無い」という目。あの死んだ目、死んだような表情は二度と忘れることは無いと思います。ああいう表情を浮かべるようになったら人間終わりだと思う。

 

私1人では「社会ってのはこんなもんか」と思ったかもしれませんが、一緒に提案をした例の方曰く「こんな会社はおかしい」とのことでした。

誰もが知っている大手企業の文化を受け継ぎ、今までに何社もの会社の業務を改善してきた方がそういうのだから、間違いないと思いました。

何よりその方が言うことは、私が考えていることとほとんど同じでした。この時点で、退職しようという考えが半分くらいを占めていました。

 

それでもまだ迷っている部分はありました。

私は以前の会社ではそれなりに評価されており、お偉いさんからは「幹部候補生」とも言われて気に入られていたみたいです。

当時の私は「今は苦しくとも、自分が会社で偉くなれば、その時こそ自分の好きなように出来る・・・。だから今は我慢するのもアリじゃないか?」そう考えていました。

 

しかしそんな考え方を一変させる大事件がありました。

 3月11日の大震災です。

 

予想も出来ない天災で、多くの人が一瞬で命を落とすのを見て、「いつかはきっと・・・」という私の考えは吹き飛びました。

いや、なによりも震災という異常事態を前に、前の会社に勤める人間達の異常性を目の当たりにしたからというのも大きかったのかもしれません。

 

震災当日、会社ももの凄い揺れに襲われました。ボロいビルの1Fで作業をしていた私は、立てかけられていた鉄板が倒れてくるのを間一髪でかわし、思わず外に飛びだしていました。

地震の時、ビルの中にいるのなら飛び出さないのが鉄則です。落下物によってケガをするのを防ぐためです。

しかしその時私が思い出したのは、あの震災の少し前にあったニュージーランドでの地震です。語学学校が入居するビルが倒壊し、日本人が下敷きとなって亡くなりました。

思わず私は「このクソ会社のボロビルで死にたくない!どうせ死ぬのなら一歩でも会社の外で!」と考え、飛び出していました。

頭を手で覆い守りながら、ビルを飛び出した私は、お向かいにある安全そうなビルの太い柱に背中を預け、自分の会社が入居するボロビルを振り返りました。

そこには両隣のビルと比較して、前後に1m近く大きく揺れるボロビルの姿がありました。

幸いビルが倒壊するということはありませんでしたが、あの時ほど自分の直感を信じて良かったと思ったことはありません。

 

震災当日、会社がある都内も電車が止まり道路は大渋滞になりました。電話も通じにくい状況です。

そんな中でも、あの会社の社員は黙々と仕事を続けていました。テレビをつけ情報収集にあたるでもなく、黙々とパソコンに向かっていつものどおりの仕事を続けていたのです。

あの時ほどあの会社の異常性を感じたことはありませんでした。私は一刻も早く帰宅し、ぼろい一軒家に居る祖母と愛犬の安否を確認したい気持ちでいっぱいでした。でも、どんな状況でも仕事を優先するという社員の隅々まで浸透したあの会社の精神を実際に目の当たりにして、はっきり言って恐怖を感じました。(結局定時で帰りたかったのに、帰るに帰れず残業をしました)

 

震災直後も、はっきり言って異常な状況が続きました。

被災地がガソリン不足で苦しむ中、あの会社は無駄に社用車を乗り回していました。あまつさえ「ウチは普段からガソリンスタンドと法人契約していて金払いもいいから、優先して給油してもらえる」とお偉いさんが自慢する始末。

協力会社の社員が、工場まで来る自動車のガソリンの確保に苦労し、互いに協力して乗り合いながら通っている最中、ガソリンをジャブジャブ使う社員の姿。

 

気がつけば、もうあの会社にいるのが嫌で嫌で仕方が無くなっている自分に気がつきました。

 

会社選びの基準は3つあると私は考えています。

1、仕事が楽しいかどうか

2、会社が楽しいかどうか

3、待遇が良いかどうか

 

この3つの条件を満たす職場を見つけるのはなかなか難しいものです。しかし、3つは無理でも2つ、最低でも1つは欲しいところです。

そして以前の会社は・・・基準を1つも満たしていませんでした。

唯一楽しかった仕事内容も、お客様に満足して貰えなければ意味がありません。古い社内の体制や、骨董品のCADによって生み出される装置は不良品ばかりで、お客様に迷惑をかけることもしばしばでした。

待遇が悪い、会社の居心地が悪いという理由もありましたが、何よりも人に役に立つことが出来ないというのは、とても辛いものがありました。

 

そして私は、3年と少しを勤めた会社を退職することを決意しました。